広島高等裁判所 昭和57年(ネ)247号 判決 1984年6月29日
第二四七号事件控訴人・
松川秀吉
第二五四号事件被控訴人(原告)
ほか一名
第二四七号事件被控訴人・
有限会社占部商会
第二五四号事件控訴人(被告)
ほか一名
主文
一 第一審原告らの控訴に基づき原判決を次のとおり変更する。
1 第一審被告らは各自第一審原告松川秀吉に対し金七七七万九九七六円、第一審原告松川節子に対し金七二七万九九七六円、及び、これらに対する昭和五四年八月二二日から各支払済に至るまで年五分の割合による金員を支払え。
2 第一審原告らのその余の請求を棄却する。
二 第一審被告らの本件控訴を棄却する。
三 訴訟費用は、第一、二審とも、これを二分し、その一を第一審原告らの、その一を第一審被告らの各負担とする。
四 この判決は、右第一項の1につき、仮に執行することができる。
事実
一 当事者双方の求めた裁判
第一審原告らは、昭和五七年(ネ)第二四七号事件控訴人として、当審において請求を一部減縮の上、「原判決を次のとおり変更する。第一審被告らは第一審原告松川秀吉(以下「秀吉」という。)に対し金一、五五〇万円、第一審原告松川節子(以下「節子」という。)に対し金一、四五〇万円、及び、これらに対する昭和五四年八月二二日から各支払済に至るまで各年五分の割合による金員を支払え。訴訟費用は第一、二審とも第一審被告らの負担とする。」との判決並びに仮執行の宣言を求め、同年(ネ)第二五四号事件被控訴人として「本件控訴を棄却する。」旨の判決を求めた。
第一審被告らは、昭和五七年(ネ)第二四七号事件被控訴人として「本件控訴を棄却する。」旨の判決を求め、同年(ネ)第二五四号事件控訴人として「原判決中第一審被告ら敗訴部分を取り消す。第一審原告の請求を棄却する。訴訟費用は第一、二審とも第一審原告らの負担とする。」旨の判決を求め、仮執行宣告がされる場合その免脱の宣言を求めた。
二 第一審原告らの請求原因
1 松川和生(以下「和生」という。昭和四五年四月二六日生、男、当時九歳、小学三年生)は昭和五四年八月二一日午後一時二〇分ころ東西に走る国道二号線の広島市中区国泰寺町一丁目九番一三号尾鍋外科建築現場前交差点(以下「本件交差点」という。)において、足踏式二輪自転車に乗車し本件交差点の北側にある横断歩道(以下、本件横断歩道という。)上を青信号に従い西方から東方に向け進行中、本件交差点を西方から北東方に左折しようとした第一審被告長谷川廣(以下「長谷川」という。)運転の大型トラツク(広島一一く三二四四号。以下「加害車」という。)に接触し、これにより同日死亡した(以下「本件事故」という。)。
2(一) 第一審被告長谷川は本件事故当事第一審被告有限会社占部商会(以下「占部商会」という。)の従業員で、その運送業務として第一審占部商会所有の加害車を運転していたもので、第一審被告占部商会は加害車を自己のためにその運行の用に供していたから、自動車損害賠償保障法(以下「自賠法」という。)三条にしたがい、本件事故により和生及び第一審原告らの被つた損害を賠償する義務を負う。
(二)(1) 第一審被告長谷川には次の過失がある。
見通しよく交通輻輳の幹線道路上に交通信号機、横断歩道が設けられ、本件事故当時被害者和生は友人とともに三台の自転車の最後尾を、青信号に従い通常の速度で自転車を西から東に向けて本件横断歩道上を走行していたのであるから、第一審被告長谷川としては、本件交差点を左折しても右横断歩道手前で一旦停止し、これを安全に横切れることを確認してから徐に右横断歩道を横切るべき注意義務があるのに、これを怠つて、横断歩道附近の通行の安全を確認しないまま、従前の速度を維持して本件横断歩道に進入通過した過失により、本件事故が発生したものである。このことは、和生が加害車の左側面(前から三・〇二メートル)に接触の上転倒したのに、第一審被告長谷川は何ら気付かず、加害車左後輪で和生を轢過した後に本件事故に気付いたことからみても明らかである。
(2) したがつて、第一審被告長谷川は和生及び第一審原告らの本件事故による損害を賠償する義務を負う。
3 本件事故による損害は次のとおりである。
(一) 和生の過失利益 四、〇〇〇万円
(1) 和生は将来大学まで進学し卒業する予定であつたから、大学卒業後二三歳から満六七歳まで就労可能であり、昭和五二年度賃金センサス産業計企業規模計新大卒男子労働者平均年収を各年齢区分別に考慮し、毎年一〇%の賃金上昇があるものとしてこれに加算し、生活費割合を四〇%として、ホフマン式により年五分の中間利息を控除すると、別表の逸失利益計算表(第一審原告ら主張)のとおり、合計四六七八万〇九一一円となるので、少くとも四〇〇〇万円を下回らない。
(2) 第一審原告秀吉は和生の父、同節子は和生の母として、右損害賠償請求権を各二分の一の二〇〇〇万円ずつ相続した。
(二) 和生の葬祭料一〇〇万円は第一審原告秀吉が支払つた。
(三) 弁護士費用は、第一審原告らが各一〇〇万円ずつ負担することとなつている。
(四) 慰謝料
和生が本件事故で死亡し第一審原告らは多大の精神的苦痛を受けたので、その慰謝料としては各金六〇〇万円ずつとするのが相当である。
4 よつて、本件事故による損害賠償として、第一審被告らに対し、各自(不真正連帯)、第一審原告秀吉が金一五五〇万円(前記3(一)(2)、(二)、(三)、(四)の合計二八〇〇万円から既払の自賠責保険金九四四万六五九五円を差引いた残額の内金)、第一審原告節子が金一四五〇万円(前記3(一)(2)、(三)、(四)の合計二七〇〇万円から既払の自賠責保険金九四四万六五九五円を差引いた残額の内金)、及び、これらに対する不法行為後の昭和五四年八月二二日から各支払済に至るまで民事法定利率年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。
三 第一審被告らの答弁、仮定抗弁
1 第一審原告ら請求原因二1の事実は認める。
2(一)(1) 同2(一)の事実は争う。第一審被告占部商会は加害車を所有しているが、第一審被告長谷川の雇用主ではなく、同第一審被告の雇用主である芸美運送株式会社(以下「芸美運送」という。)に加害車を貸与していたのにすぎないから、第一審被告占部商会は加害車を自己のために運行の用に供していたものではなく、自賠法三条による損害賠償の義務を負うものではない。
(2) そうではないとしても、本件事故は第一審被告長谷川に何らの過失がなく、もつぱら被害者和生の過失によつて発生したものであることは後記(二)(1)、3(五)のとおりであり、加害車に構造上の欠陥又は機能の障害がなかつたから、第一審被告占部商会は自賠法三条但書によりその損害賠償義務を免責される。
(二)(1) 本件事故はもつぱら被害者和生の過失に基づくものであり、第一審被告長谷川にはその過失が全くない。その事情は次のとおりである。
本件事故現場は、国道二号線と広島駅方面に分岐する最も交通量の多い主要な幹線道路であり、右国道二号線は幅員二九メートルで中央に分離帯を有し、車道は片側四車線往復八車線で両側に歩道があり、歩道上車道側に街路樹及び花壇(高さ約一・二メートル)がありその外側にさらにガードレールが設けられ、駅前方向への分岐道路(通称四〇メートル道路)車道はこれと同一の幅員及び構造で、自動車の往来の極めて激しい幹線道路であつて、右分岐道路の角度は約四五度で斜方向に向い、両道路の両側は事務所用ビル、商店が立並び住宅は少く、歩行者は極めて少い状況である。本件交差点の信号機は加害車の進行方向である二号線から駅前方向への左折(ないし半左折)と、被害者和生の進行方向である本件横断歩道とが同時に青信号となる構造である。当時尾鍋外科建築工事中のため横断道路付近の入口から工事用自動車の出入が相当ありその交通安全確保のため車道などに監視及び誘導員が立つて交通整理中であり、さらに、本件交差点の中心と北側車道中央付近までマンホールを開けて電話線工事中で赤色の防護柵が設けられ、四車線のうち北側ないし二車線分しか使用できないよう自動車の流れを狭めた形で、東進して来た車両もここで自然に速度を落して徐行ないし停止していた状態であつた。第一審被告長谷川は当事空車で加害車を運転し右二号線を東進して来たが、本件交差点の約六二メートル手前付近で、前記工事等による幅員の実質的狭窄を認めて速度を落し、左折合図をし、約四〇メートル手前で前記駅前方向への左折のための青信号を確認し、さらに徐行の上左折し、本件横断歩道の前で一旦停止し、左右の交通の安全を確認したが、横断歩道上に自転車等の通行を認めなかつたため、本件横断歩道を通過したところ、後輪に何かシヨツクを感じたため停車し、本件事故の発生を知つた。したがつて、第一審被告長谷川には全く本件事故の発生についての過失がなかつた。本件事故は被害者和生の一方的過失によつて発生したことは後記3(五)のとおりである。
(2) 第一審原告ら主張2(2)の事実は争う。
3 同3の事実は争う。
(一) 和生の逸失利益について
(1) 和生は本件事故当時九歳で将来六七歳まで生存するかについてはもとより、就職の可能性、職種、収益の有無及び額など極めて不確実で蓋然性に乏しいので、控え目な算定が望ましいところ、一八歳の初任給を固定し、生活費は収入の五〇%を控除して、賃金上昇率という特殊な要因を考慮しないで算定すべきである。
(2) 第一審原告らの和生の逸失利益相続の事実は争う。
(二) 葬祭料支払の事実は知らない。
(三) 弁護士費用の負担の事実は争う。
(四) 慰謝料について
和生は未だ養育費など学費など多額の出費を要する年齢であり、和生にも過失があつた事情をも考慮すべきであり、一家の支柱であつた者と同様に高額の慰謝料は相当ではない。
(五) 本件事故につき被害者和生には次の過失があるので、これを損害額算定にあたり斟酌し、和生の過失割合九〇%ないし八〇%、少くとも五〇%以上に応じた過失相殺をすべきである。
和生は当時国道二号線の北側沿いの歩道を自転車に乗り時速約一五キロメートルで友人の浜岡、川口、和生の順で東進中、本件交差点の手前で一時停止または徐行して左折車の有無を確かめ、もし左折車がすでに本件交差点内に進入している場合その通過を待ち、本件横断歩道を下車の上自転車を押して渡り、被害を避けるべき注意義務があつたのに、これを怠り、先行している川口から約一〇メートル遅れて本件交差点にさしかかるや、川口に追いつき交差点内を急いで横断しようとして早い速度で交差点内に入り、左折車の有無を確かめず、加害車の直前を通過しようとし、直後に危険を感じ、左にハンドルを切り接触を避けようとしたが、加害車の左側前方に接触の上転倒し、次いで、後輪で轢過されるにいたつた。
四 第一審被告らの仮定抗弁に対する第一審原告らの再答弁
1 第一審被告占部商会主張三2(一)(2)の事実(損害賠償の免責)は争う。第一審被告長谷川に本件事故発生の過失があるから右主張は失当である。
2 同3(五)の事実(過失相殺)は争う。被害者和生には全く過失がない。交差点においては一般に青信号を安全なものと信頼しており、それに従つて行為するかぎり責められるべき点は全くないものというべきところ、和生は青信号に従い横断したものであり、左折車の有無につき確認したり一時停止徐行などの注意義務がないばかりでなく、加害車との関係で横断歩道を下車の上自転車を押して渡るという義務もない。また、和生は加害車よりは早く本件横断歩道に入つており、その後に加害車が横断歩道にさしかかつたことは、各横断歩道に入つた地点(甲第七号証の実況見分調書<ア>、<1>)から接触地点(<×>1)までの距離がほぼ同距離であるところ、加害車の方が和生の自転車よりはるかに速い速度であつたことからも明らかである。
五 証拠関係
本件記録中の原審及び当審における書証目録、証人等目録記載のとおりであるから、これをここに引用する。
理由
一 第一審原告ら請求原因1の事実(本件事故の発生)は当事者間に争いがない。
二1 第一審被告占部商会の賠償責任について
(一) 成立に争いのない甲第二号証、原審における第一審被告占部商会代表者占部貞人、原審及び当審における第一審被告長谷川廣各本人尋問の結果を総合すると、第一審被告長谷川は本来は芸美運送の運転手をしていたが、本件事故当日は、芸美運送がその取引先である第一審被告占部商会の運送業務を手伝うことになり、芸美運送の取締役(専務)の命により、第一審被告占部商会に行き、その監督下に入り、同占部商会の業務として、広島市出島山内鋼材店から鋼材約一〇トンを同占部商会所有の加害車に積載し、同様にその鋼材運送業務に従事した他の大型トラツク四台とともに、これを山口県防府市某所まで運送を終了し、その帰途空車で運転中本件事故を起したことが認められ、右事実によると、第一審被告占部商会は、同長谷川の加害車の運転につき、その運行を支配し運行の利益を有していたものであるから、自賠法三条の自己のために運行の用に供していたものということができる。
(二) 本件事故につき第一審被告長谷川に過失があることは後記2のとおりであるから、その余の点について判断するまでもなく、第一審被告占部商会の自賠法三条ただし書による免責の主張は失当に帰する。
(三) したがつて、第一審被告占部商会は自賠法三条により和生及び第一審原告らの本件事故により被つた損害を賠償する義務を負う。
2 第一審被告長谷川の損害賠償責任について
各成立に争いのない甲第一ないし第三、第五ないし第一二号証、乙第一ないし第五号証、本件事故当時の加害車の写真であることに争いのない乙第八号証の一ないし七、原審及び当審における第一審被告長谷川廣本人尋問の結果(但し、一部認定に反する部分を除く。)を総合すると、次の事実が認められる。
(一) 本件事故現場である本件交差点は、広島市中区舟入中町方面から同区昭和町方面に通ずる東西に走る国道二号線に、斜めに(国泰寺町一丁目九番一三号側の角度で約一三五度)千田町方面から広島駅前方面に通ずる道路が交差する変形した十字路の交差点で、国道は車道幅員二九メートル(ただし、中央分離帯三・四メートルを含む。)往復四車線ずつ合計八車線、両側に歩道があり、本件交差点の西方北側の国泰寺町一丁目側歩道は、車道との境にガードレールがあり、その内側に約一・二メートルの花壇部分が設けられ、ここには間を置いて街路樹も植えられており、その木の高さは一ないし二メートル程度、その内側幅員三・九メートルが舗装され、歩道となつている。昭和四九年八月二七日告示、同年八月三一日施行の広島県公安委員会告示一六号の別表二四一広島市の部一により「広島市草津東二丁目一六番八号先から同市船越町鴻沼新開二五八〇番地の一先までの間の国道二号線の両側歩道一一、六五〇メートル」が自転車の歩道通行を許す旨指定されており、右歩道及び本件交差点はその中にある。当時、本件交差点には道路交通法二条一項四の二所定の自転車横断帯の設置はなかつた。右国道二号線に交差し広島駅前に通ずる道路の車道幅員は二七・五メートル(ただし、このほかに中央分離帯が若干あり、全体としては、国道とほぼ同じ幅員とみられる。)でその両側に歩道がある。この両道路とも車道上の自動車の交通は頻繁であるが、時間帯によつてはそれ程でないこともあり、本件事故当時(午後一時二〇分)は比較的少なく、また、歩道上の通行者も少なかつた。
(二) 本件横断歩道は、長さ二七・五メートル以上(前記(一))あり、その青信号は四六秒、歩行者灯青点滅二〇秒合計六六秒、その間広島駅方面への進行は赤信号で、右青点滅終了後なお赤信号が一一秒続いた後に青信号となる。
(三) 和生は本件事故当時友人である浜岡圭介、川口、和生の順で舟入中町方面(西方)から昭和町方面(東方)に向け、本件交差点の手前北側(国泰寺町一丁目側)の歩道上を自転車で進行中、先頭の浜岡が約二〇メートル手前で本件交差点の右横断歩道が青信号であるのを確認し、他の二人に対し、信号が「青じやけ早う渡ろうや」と声をかけ、少し急いで横断歩道に入り、川口もこれに追尾し、和生も自転車としては急いだ速度で川口より約一〇メートル遅れて横断歩道に入つたが、このとき浜岡は横断歩道の真中を少し過ぎたあたりを進行しており、後方で危ないという声がしたので、ふり返つてみると加害車が本件横断歩道内に進入しようとしているので、「和生、危ない、渡るな」と叫んだが、その後加害車が通過して本件事故を起した。浜岡らはその後赤信号になる前に東側に渡つた。なお、浜岡らの前に女性一人が東側に歩いて渡つていた。
(四) 第一審被告長谷川は付近でなされていた工事などに気をとられ、前記(三)のように、浜岡、川口、和生が青信号に従い本件横断歩道を自転車で横断中であることに全く気付かず、従前の速度(時速一五ないし二〇キロメートル)を維持したまま、本件交差点内に左折して進入し横断歩道を横切つたため、横断歩道西端から若干(二、三メートル)入つたところを自転車に乗車し東に向い横断進行中の和生と接触しそうになり、和生が危険を感じて約四メートル位横に走つたものの、横断歩道西端から斜め(加害車進行方向)に七・九メートルの地点附近で、加害車前部左サイドバンバー附近で自転車と接触し、和生を加害車の車体下方内側に転倒させ(加害車の全長一八メートルで車体の下は相当大きな空間があつたため)、左後輪で和生の胸部等を轢過し、約二五分後に死亡させるにいたつた。そして、第一審被告長谷川は左後輪で和生を轢過してシヨツクを感ずるまでは和生の存在を一切認識していなかつた。
以上のとおり認められ、一部右認定に反する原審及び当審における第一審被告長谷川廣本人尋問の結果の一部はにわかに信用し難く、他に右認定を左右する証拠はない。
ところで、本件交差点に差しかかり左折して本件横断歩道を横切ろうとする運転者は、青信号に従つて横断歩道を通行する者のあることが当然予想されるので、前方を十分注視し、これと接触して危害を及ぼさないようになすべき注意義務があるところ、第一審被告長谷川は前方を全く注視しないで本件横断歩道を通過し、和生に前記の危害を及ぼしたものである。
したがつて、第一審被告長谷川は、民法七〇九条の過失のある不法行為者として本件事故による損害を賠償する責任がある。
三 損害について
1 和生の逸失利益
(一) 和生は、本件事故当時九歳、小学三年の男子で、損害額算定要因となる学歴、就労可能年数、就職した場合の職種、企業規模、賃金及び上昇割合、並びに、収入から控除すべき生活費などのすべてについて不確定であるから、控え目な算定方法をとるべきで、第一審原告ら主張のように、大学卒とし二三歳から六七歳まで就労可能で、五歳ごとに異なる賃金水準を考慮し、さらに、賃金上昇率一〇%を乗じて算出することは、いずれの点も相当ではない。和生については、本件事故当時の昭和五四年における賃金センサス(労働省統計情報部)企業規模計、男子労働者、学歴計によると、男子労働者の平均収入は、きまつて支給する現金給与額(月)二〇万七四〇〇円、年間賞与その他特別給与額六六万五九〇〇円(月額五万五四九一円)合計月額二六万二八九一円(年額三一五万四六九二円)となり、この数値は同年度の国税庁の税務統計によると、男子労働者の平均賃金が年間三一一万円であること(労政時報二五二五号九頁)とほぼ一致するので、右賃金センサスの数値によることとする。控除すべき生活費は、家計調査年報(総理府統計局)、標準生計費(各県人事委員会調査。物価と生計費資料、労政時報別冊)などの実態生計費、職業費その他の事情を考慮して、右収入の四〇%とし、就労可能年数は二五歳(大学卒のものも右平均賃金算定の基礎となつている。)から六〇歳(比較的にこの年齢を定年とすることが多く、それ以後は就労の機会が少い上右のような高額の収入が期待し難いので考慮しないこととする。)までの三五年間、ホフマン方式による係数一三・四四七二四一三六(本件事故当時九歳で、六〇歳に達する五一年後の係数二四・九八三六三二一五から就職可能な二五歳まで一六年の係数一一・五三六三九〇七九を差引いた数)を乗ずる方法で算定するのが相当であり、これにより算定すると、和生の逸失利益は二五四五万三一四二円〔262,891×(1-0.4)×12×13.44724136=25,453,142〕となる。
(二) 原審(第一回)及び当審における第一審原告松川秀吉本人尋問の結果、弁論の全趣旨を総合すると、第一審原告秀吉が和生の実父、同節子が和生の実母であることが認められるから、第一審原告秀吉、同節子は和生の死亡とともに和生の前記逸失利益の損害賠償請求権を法定相続分に従い各二分の一である一二七二万六五七一円ずつ相続したものである。
2 原審(第一回)における第一審原告松川秀吉本人尋問の結果、弁論の全趣旨を総合すると、第一審原告秀吉は和生の葬式費用として少くとも五〇万円以上を支出したことが認められる。なお、同本人尋問の結果では一〇〇万円を必要とする旨述べるが、九歳男子の葬式として通常支出が予想されるのは右認定の五〇万円程度であり、本件の場合それを越えて支出したとする特段の事情及び領収証などによる立証がないので、右部分はにわかに信用し難い。
3 弁護士費用の点についてみるのに、原審(第一回)における第一審原告松川秀吉本人尋問の結果、弁論の全趣旨を総合すると、第一審被告らが第一審原告らに対する本件事故による損害賠償につき不当に抗争するので、第一審原告らは、訴訟代理人として弁護士岡田俊男、同杉本邦子を選任して訴訟を委任し、両名に一括して、第一審原告がそれぞれ少くとも一〇〇万円ずつを支払う旨約定したことが認められ、右額は後記認容額からみて相当性を失わず、その全額を第一審被告らが賠償する責任がある。
4 慰謝料についてみるのに、原審(第一、二回)及び当審における第一審原告松川秀吉本人尋問の結果、弁論の全趣旨を総合すると、第一審原告らは和生の両親として和生の死亡により多大の精神的苦痛を被つたこと、第一審原告秀吉は株式会社上万糧食製粉所の代表者をしているが右会社は年間収入五五〇万円程度の中小企業で、個人資産は余りないこと、第一審原告ら間の子は他に和生の兄秀三(昭和五四年当時小学六年生)、妹宏子(同当時小学一年生)がおり、第一審原告節子は主婦専従であることが認められる。これらの事情と前記本件事故における第一審被告長谷川の過失(なお、和生に何ら過失がなかつたことは後記5のとおりである。)、事故の態様、前記逸失利益認容額、その他諸般の事情を考慮すると、第一審原告らが本件事故により被つた精神的苦痛に対する慰謝料としては、それぞれ三〇〇万円ずつとするのが相当である。
5 過失相殺について
前記二2認定の事実のもとでは、和生に本件事故に関する過失が存したと断定することは困難といわざるをえない。第一審被告長谷川が和生と衝突する前その存在を認識し、これとの衝突を回避しようと努力したのにこれを果さなかつたという場合であるならば、和生が本件横断歩道上を自転車に乗つたまま通行していたこと(道路交通法は自転車に乗つたまま横断歩道を横断することを予想していないが、同法二五条の二の一項などに抵触しない限り、直接的にこれを禁止する規定はない。もつとも、同法三八条一項所定の「横断しようとする歩行者」には当らない。)、あるいはその速度がややはや目であつたことが事故の発生ないしは受傷の程度に関係したと考える余地があるけれども、第一審被告長谷川は、前記の如く、前方を全く注視せず、和生の存在を認識せず、その轢過後に始めてこれに気付いたのであるから、和生が自転車を降りて通行していたなら、あるいはその速度がやや遅かつたなら、その危害を免れ得た、あるいはその程度が軽くすんだとは必ずしもいい難い。かように断定できる的確な証拠はない。
したがつて、この点の第一審被告らの主張は失当である。
四 第一審原告らは自賠責保険金としてそれぞれ九四四万六五九五円ずつの支払を受けていることは、第一審原告らの自認するところである。
五 以上のとおりであるから、本件事故による損害賠償として、第一審被告らは各自(不真正連帯)第一審原告秀吉に対し、金七七七万九九七六円(逸失利益一二七二万六五七一円、葬祭費五〇万円、弁護士費用一〇〇万円、慰謝料三〇〇万円合計一七二二万六五七一円から既払分九四四万六五九五円を差引いた額)第一審原告節子に対し、金七二七万九九七六円(逸失利益一二七二万六五七一円、弁護士費用一〇〇万円、慰謝料三〇〇万円合計一六七二万六五七一円から既払分九四四万六五九五円を差引いた額)及びこれらに対する不法行為後の昭和五四年八月二二日から各支払済に至るまで民事法定利率年五分の割合による遅延損害金の支払義務を負う。第一審原告らの各本訴請求は右の限度で理由があるのでこれを認容し、その余は失当として棄却すべきところ、これと異なる原判決は右の限度で一部失当であるから、これを右のとおり変更し、第一審被告らの本件控訴は理由がないのでこれを棄却し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法九六条、九五条、八九条、九二条により、仮執行宣言につき同法一九六条を適用し、その逸脱宣言は相当ではないのでこれを付さないこととして、主文のとおり判決する。
(裁判官 竹村壽 高木積夫 池田克俊)
逸失利益計算表(第一審原告ら主張)
<省略>